より安全な選択の先に待つ不安

たとえばこんなニュース。

消石灰は危険!取り換えて=目に入る事故多発−学校現場に初の改善通知・文科省
運動場のライン引きなどに使用されている消石灰水酸化カルシウム)が子どもの目に入る事故が、過去2年間に50件以上起きていることが10日、日本眼科医会の調査で分かった。後遺症のケースも報告され、事態を重くみた文部科学省は、安全性の高い炭酸カルシウムの石灰に換えるよう求める初の通知を出した。
(中略)
原因は、風によるものが10件、ラインカーの横転と石灰袋からラインカーに移し替える際が各5件、「ふざけて遊んでいて」が4件などだった。 

このような事故が最近増加してきたのか、このような調査が初めて行われたのかは判然としない。アルカリ性消石灰よりも中性の炭酸カルシウムの方が、より安全なのは明らかだが、ちょっと引っかかる。
天の邪鬼なんだけど、世の中が安全になればなるほど、便利になればなるほど、人間が到達できる能力が下がっていく(短く言えばバカになっていく)気がする。(消石灰を使い続けろ、とは言ってませんよ。念のため。)
「どう間違えても大丈夫」にすることも大事かもしれないけど、「間違えないようにやることをきちんと教える/学ぶ」こともとても大切なはず。前者ばかりが進んで、後者がおろそかになってませんか? というか、面倒なことを教える/学ぶことを一般的に面倒くさがって怠ってる気がする。本当は、重篤な事態にならない対策は必要だが、なんでもFool Proofにしてしまってはいけないと思う。どの程度の危険性や不便さが教育効果の点から許容範囲なのか、その線引きは難しいが。実験室・研究室での自分の教育を顧みても反省すべき点はある。
上のニュースを例にとれば、炭酸カルシウムに代替したとしても、依然として、「世の中には見た目は同じだけど消石灰という目に危険な粉があること、どちらの粉を使っていようがそれでふざけて遊んではいけないこと、ライン引きに移すときは大量に粉が散らないように気をつけること、強風下でラインを引くときは風下に立たないこと」などをきちんと教えよう、ということである。
便利になった/安全になったおかげで(本当は大事なことなのに)教えない/教わらない/体験しないまま過ぎてしまうことがかなりあるのではないか?
うーん、この件、説明するのにまだ言葉が拙いなぁ。